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2022.02.02INTERVIEW

そこに「人の喜び」があるか——大和ハウス工業「名もなき家事」プロジェクトに見る直感にもとづいたこれからのマーケティングとは

20代の働き方研究所 研究員 T.H
大和ハウス工業株式会社
総合宣伝部 事業販促企画室 上席主任
三倉誠司(みくら せいじ)様


料理、洗濯、掃除など名前のある家事以外の、細々とした「名もなき家事」。その存在に目が向けられ、広く知られるようになったのは、大和ハウス工業株式会社が2017年に行った一つのプロジェクトがきっかけでした。プロジェクト担当者の一人である総合宣伝部の三倉さんに、同プロジェクトについて、そしてこれからのマーケティングの担い手に求められる考え方についてお話を伺いました。

 

「名前」が付いてはじめて、その存在に気づくことができる。

—多くのメディアで取り上げられて話題になった「名もなき家事」ですが、この企画が生まれた経緯を教えてください

この企画は、富山支店に在籍していた女性社員の意見が発端になっています。
富山県は全国的にも共働き世帯が多いと言われているエリアで、この地域特有の課題は何か、女性社員が生の声を持ち寄り、打ち合わせを行いました。すると、女性の家事負担が大きいという課題が見え始めたんです。それでは、その負担を減らすためにダイワハウスが出来ることは何か。この課題解決を目指し、家族全員で家事に取り組む仕掛けを、女性社員たちがメインとなって考えました。
そこで誕生したのが戸建住宅商品「家事シェアハウス」です。誰か一人ではなく、家族みんなが自然と家事に参加することができる住まい。その商品価値を新たに構築するきっかけとして、「名もなき家事」というキーワードが生まれました。

「名もなき家事」というのは、一般的に「家事」と認識されている料理や洗濯、掃除などの名前がない、細々とした家事を指します。
たとえば掃除ひとつをとっても、そこには掃除用具を洗う、洗剤を補充するといった家事として認識されにくい作業が膨大にあるにもかかわらず、そうしたものは家事としてカウントされません。そして知らぬ間に誰か一人が担ってしまい、知らず知らずに不満がたまったり疲弊してしまっている。そこに課題の本質があると考えました。
そうした目に見えづらい家事全般に対して「名もなき家事」という名前を付けたんです。


—なるほど。しかし地方の支店から声が上がったとは意外でした

もともと社員がアイデアなどを提案でき、場所や立場を問わず、良いものは取り上げる社風ではあると思います。ダイバーシティを推進する部署を設けていたり、社員のアイデアを吸い上げる仕組みもあります。今回のケースはまさにそうした流れで出てきた「良いもの」だったので、迷わず進めることになりました。

家事は暮らしを営む上で誰かの負担となっています。共働き世帯であればなおさらのこと。そんな中、誰かに負担が偏っているのであれば、当然解決すべき課題ですよね。そこで、ともすると“家事未満”のように見なされてしまいがちなものも「名もなき家事」という名の「家事」であると定義し直し、全国的に展開していきました。

私自身も直感的に「名もなき家事」という言葉は、ダイワハウスが家事に対して真摯に向き合っている会社というイメージを浸透させる上で、非常に有効だと感じました。
 

—たしかにそうした認識が多くの人に広まれば、他社との大きな差別化につながります。ちなみに直感的に「良い」と感じられたのは、やはりこれまでのご経験によるのでしょうか

そうですね。自身の戸建住宅の営業経験が大きいかもしれません。お客様と打ち合わせを重ねて、家を一緒に作っていく過程にずっと携わっていましたので、このプロモーションがどのように受け取られるかもシミュレーションしながら、受け入れられるに違いないと考えました。

「名もなき家事」は、家を建てたいという人たちの動機形成につながることはもちろん、近年のSDGsにおけるジェンダー平等の実現、女性の活躍推進にも沿っています。社会課題にもコミットできるとあって、ぜひPRすべきだと思いましたね。


重要なのは“画が見える”かどうか。

—プロモーション活動においては具体的にはどういったことを行われたのでしょう

「名もなき家事」の意義が固まって、次はこの言葉をどのように世の中に打ち出していくかを考えていく必要がありました。そこで力を入れたものの一つが意識調査です。

「名もなき家事」という企画を広げるためにはメディアに取り上げられる必要があります。そのとき、消費者自身も意識していないニーズを突いた調査内容があれば、メディア側も取り上げやすくなるんですね。なので、調査結果自体を新たな発見があり、かつ興味を持ってもらえるものにするために、広告代理店とともに調査方法などを検討していきました。

実際に行った意識調査(※)では、共働き夫婦に「家事負担の割合」をそれぞれ尋ねました。すると、夫の回答のトップは「夫3割:妻7割」で、家事全体の3割を自分が担っていると認識していることが分かりました。ところが、妻の回答では「夫1割:妻9割」の割合が最多でした。
つまり、夫はそれなりに家事をしていると認識している一方、妻は夫が家事全体の1割しか担ってないととらえていたのです。

※ 2017年「20代から40代の共働き夫婦の“家事”に関する意識調査」


—夫婦間での意識差が、調査によって明らかになったということですね

はい。そうした結果自体にバリューがあるような調査を実施するというのは特に意識していました。

もう一つ力を入れたものがプレスリリースです。通常、調査結果をもとにプレスリリースを作成しメディアに配信するのですが、資料には調査結果だけではなく、そこから見えてきた「名もなき家事」という新たな課題に目を向けてもらうためのストーリーも盛り込んでいきました。

メディアが取り上げやすく、ひいては多くの人に関心を持ってもらえそうな、その先の展開が具体的にイメージできる調査——言い換えれば最終的な“画が見える”調査をすることは心掛けていましたね。「名もなき家事」は、そうした状況まで想定しながら作り込んでいきました。
 

—企画が説得力のあるものとして映るように、そして関心を惹くものになるように調査内容やメディアでの打ち出し方にも力を入れられたのですね

世の中に浸透させるためには、多くの人目に触れるメディアに取り上げられることも大切です。そのための「仕掛け」を作っていくことが、私たちの仕事の一つだと思います。

また同時に、世の中の関心事は変わり続けていきます。たとえば新型コロナウイルス感染症やSDGsなどに対しては、いま多くの人が関心を抱いています。そうした時流に合わせて、有効な打ち出しは何かということを常に考えながら、企画を育てるようにしています。


—「名もなき家事」プロジェクトは当初から一過性のものではなく、リリース後の反応なども取り込みながら、続けていく予定だったのでしょうか

そうですね。ただ、実際に打ち出す方法は、メディアで出てきた反応によって変わっていきます。

たとえば、ニュースサイトで配信された「名もなき家事」の記事に対するユーザーのコメントを見ていると、興味深い意見が複数見受けられました。それは「パートナーにいくら家事の協力をあおいでもダメ」といったものです。家事に協力してくれる人はするが、しない人はしない。一見、身も蓋もない意見に見えますが、ここに新たなプロモーション施策のヒントがあると感じました。
これは逆に言えば、子どもの時から習慣づけることができれば、自然に「名もなき家事」が解消されていくんじゃないかというふうに考えたんです。「パートナー」から「子ども」にまで視点を広げたんですね。そこから現在、実際に子どもに向けた教育的なプロモーションも行っています。

そうやってユーザーのリアルな反応がもとになって新たなアイデアが生まれるということはよくありますね。


—その「教育」に関するプロモーションで心掛けていることはありますか

子どもに「気づき」を与えるということを目指しています。お手伝いではなく、自然に自分ごととしてとらえられるようにしてほしいと考えているんです。
そのためには、まず「名もなき家事」の存在に気付いてもらわないといけません。そこで新たに『名もなき家事妖怪』というキャラクターを作りました。
「名もなき家事」を子どもにとって親しみやすいキャラクターに仕立て上げることで、家事の存在に気付かせる。そうやって自然と家事に接し、習慣化することで、子どもの自立につながるきっかけになればと考えています。



根底には、子どもを含めた家族全員で、家事を「分担」ではなく「共有」する、という考えがあります。
固定した役割を誰かに割り当てるのではなく、困りごとを見つけたら自ら率先して解決しようと思えるようにする。そうした姿勢が家事を通じて身に付けば、やがてより良い家庭をつくることにもつながるのでないかと考えています。


—「家事」と一口に言っても、いろんな側面がありますよね。それゆえ住宅に限らず、さまざまな業種が家事市場に参入しているなかで、「住宅メーカーとして」心掛けていることはありますか

「家事」という視点に力を入れているのは、当社だけではありません。実際に力を入れている企業も散見されます。だからこそ、さまざまな切り口で家事の見方を変えるような取り組みを「続けること」が重要だと思っています。そうした継続する姿勢が伝われば、当社への共感にもつながっていくのではないかと思います。

購買プロセスの中で「共感」は欠かせません。家事に悩みを持つ方が家を建てるとなれば、さまざまな視点を持ち、ノウハウを蓄積している会社に共感するはずです。
最終的には、同じ提案をしていても「ダイワハウスが言っているなら」ということで選んでいただけるのが理想ですね。


「人の喜び」に根差し、共感につながるストーリーを描いていく。

—そうした数々の工夫が功を奏し、現在に至るまで話題になり続けています。これまでを振り返ってみて、現在このプロジェクトをどのように評価していますか

「名もなき家事」は、いまや私たちが手をかけることなく、メディアの方から主体的に取り上げていただけるようになっているので、広告投資効果という面でも非常に高かったのではないかと思っています。先日も、4年前に行った意識調査がテレビで取り上げられていました。今でも重宝されて、メディア関係者の中で“手堅い話題”になっているとすれば頼もしい限りですね。

そうやって時間をかけながら、人の口の端に上っていくと、やがて一般語になっていきます。「名もなき家事」が、当たり前に認識されることがこのプロジェクトの目的の一つでもありましたので、その裾野が少しずつ広がってきていることを実感しているところです。

おそらく、多くの人が「名もなき家事」の負担を以前から感じていたはずです。ただ、それを表現する言葉がなかった。そこへ一つの名前が与えられたことで、「私の思っていたことはこれだ」と感じる。そこへ共感が生まれているのかもしれません。
だから例えば、「名もなき家事」の事例を淡々と紹介していたら、おそらく共感にはいたらなかったんじゃないかと。ここまで大きな反響がいただけたのも、まさしく企画の力でしょうね。
 

——20代の中にはこれからマーケティングに携わりたいと考えている人も多くいると思います。そこで三倉さんが考える、これからのマーケティングで求められる姿勢や考え方を教えていただけますでしょうか

まずマーケティングは、従来のような「一方通行の広告」ではありません。企業が、自分たちにとって都合の良いことを一方的に伝えていても、多くの人は耳を貸しませんよね。
そのことをきちんと認識したうえで、企業として社会や人々に貢献できるポイントを探り、商品やサービスに落とし込んでいく。そういったプロセスを踏んでいくことがマーケティングでは欠かせません。


—商品やサービスが購入されることで、どういう課題解決に結びつくのかまで考えて提案することが大事なんですね

ええ。その意味でもやはり企業本位ではいけないと思いますね。常に顧客の悩みを察知し、どうすれば改善できるかを見据えた上で、提供する。その最終的なゴールは「人に喜んでもらうこと」です。その上に、ゴールまでのヒントを探るために市場調査があり、データ分析がある。その視点がないまま調査をしても、おそらく誤った答えにしかたどり着かないはずです。


—マーケティングというと、市場調査や分析などを浮かべがちですが、それはあくまで喜んでもらうための「手段」で、その先にある「人の喜び」という視点を見失うことがあってはならない

あとは意外と思われるかもしれませんが、「直感」というのも非常に重要だと思います。といっても単なる思い付きではなく、これまでの経験や事例にもとづき、調査結果などを総合的に検証した先に得られる「直感」です。

数値だけをもとに施策を考えても、合理的な答えにはたどり着くでしょう。しかし、それが消費者の喜びという“正解”につながるかはまた別です。そうした合理性だけでなく、ときにそこから飛躍するような直感に基づいたストーリーが、共感を生むほどの魅力的なコンテンツには必要なんだと思います。


—その直感の力は、最終的なクリエイティブにも関係しそうですね

そうですね。言葉だけじゃなくて、ビジュアルデザインなどの非言語的な要素も重要になってきます。ただ、それもマーケティング発想で見ていく必要があります。

キャッチコピーやデザイン一つとっても、意図がはっきり伝わるものと伝わりづらいものがありますし、そもそも表現されているものが、マーケティングにもとづいた、提供価値に結びついているクリエイティブでなければ、それは単なる企業の独りよがりになります。

そういった意味では、お客様の声をそばで聞いている営業担当者、それをもとに施策を組み立てるマーケター、実際に形に落とし込むクリエイティブはすべて連動していると思います。そうしたさまざまなセクション同士での連携を意識することが、今後のマーケティングで求められていくのではないかと思います。


大和ハウス工業株式会社
1955年、「建築の工業化」を理念に大阪市で創業。以来、住宅メーカーのパイオニアとして新たな商品を次々と開発。「共に創る。共に生きる。」という基本姿勢のもと、戸建住宅をコア事業に、賃貸住宅、分譲マンション、商業施設、事業施設(物流施設、医療・介護施設等)、環境エネルギーなど幅広い事業領域で活動する。2017年より「名もなき家事」の存在にスポットを当て、夫婦間での家事の総量に対する意識のギャップを、調査を通じて「見える化」するなどの一連のプロジェクトを開始。共感と拡散を呼び大きな話題となる。
 

この記事を書いた人

20代の働き方研究所 研究員 T.H

1991年5月生まれ。
大学卒業後、就職情報会社にクリエイターとして入社。以降、規模や業種を問わずさまざまな企業の採用サイトやパンフレットなどを制作。モットーは「ユーザー起点」。20代の働き方研究所では、記事執筆のほかコンテンツ制作も担当。休日の過ごし方は読書と古着屋巡り。 
#コンテンツディレクション #社会課題の可視化 #現代アート

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